要点(約30秒)
- 四柱とは年・月・日・時の四列で、合わせて八つの字になります。
- 日の干が日干であり、残り七つの字はこの一字を基準に読まれます。
- 年の列は立春で、月の列は十二節で切り替わります。旧正月ではありません。
- 真夜中まわりの時刻が今日に属すか明日に属すかは流派の分かれです。23:00か00:00か。
- 四柱が描くのは構造であり、出来事の名前ではありません。
一段落でわかる四柱
四柱とは、四柱八字の年・月・日・時の四つの列のことです。それぞれの列が、一つの地支の上に一つの天干を載せています。だから四つの列から八つの字が出て、八字という名のとおり「八つの字」になるのです。左から右へ読めば、年、月、日、時。五つ目の列はどこにも待っていません。
読みが寄りかかるのは日の列です。その干が日干であり、ほかのどの字も、この一字との関係で記述されます。このサイトが使う子平法と、年の干を主体として読んだ古い体系との違いは、ここにあります。
つまり命式は四つの独立した札ではありません。一つの軸の字と、その軸がどこに座るかを示す三つの位置——周期のどの年に、どの季節に、一日のどの時刻に——の組です。
なぜ四つで、三つではないのか
四つの列は、その前に何があったかを知るまでは恣意的に見えます。唐の読み手、李虚中(りきょちゅう)は年・月・日の三つの列で命式を組み、年の干を主体として読みました。韓愈(かんゆ)が彼のために書いた墓碑銘が、この技法について残る最も古い記述で、生まれた年・月・日の干と支を互いに量り合わせたと述べています。
四つ目の列が加わるのはもっと後、五代から宋の初めにかけての移行期で、徐子平(じょしへい)の名に帰されます。二つの変化が同時に来ました。時刻の列が加わったこと、そして主体が年の干から日の干へ移ったことです。効いたのは二つ目です。生まれ落ちた境遇についての命式が、その人についての命式に変わったからです。この方法は今も彼の名を冠していて、子平法と呼ばれます。
彼の名と並べて挙げられる『淵海子平(えんかいしへい)』は、彼自身の著作ではなく、その流派が後に宋の時代に編んだものです。方法を定式化した書物として扱うべきで、本人の手になる手引きとして扱うべきではありません。
それぞれの列はどこで切り替わるのか
柱は暦の単位ではないので、それぞれが自前の点で切り替わります。ここを取り違えるのが、命式が狂う通常の原因です。一つの列の誤りは局所にとどまりません。ほかのどの字に付く関係まで変えてしまうからです。
| 列 | 切り替わる点 | 何を決めるか |
|---|---|---|
| 年 | 立春の瞬間。およそ2月3日から5日 | 年の干と支 |
| 月 | 十二節のいずれか | その月の気。命式をどの季節で読むか |
| 日 | 真夜中。流派の分かれは下で説明します | 日の干、すなわち日干 |
| 時 | 二時間ごと。23:00から01:00が子の刻 | 時刻の支、最後の二文字 |
年の列は旧正月では切り替わりません。切り替わるのはおよそ二週間前の立春で、その隙間に生まれた子は、民用の暦ではある動物に、命式ではその前の動物に属します。どちらの慣習も日常で使われています。公式の数え方とふだんの会話を支配するのは民用の新年であり、命式を支配するのは節気の境目です。どちらかを黙って選んで、そう言わない読みは、選択を隠しています。
月の列も、月の一日では切り替わりません。切り替わるのは十二節——香港天文台が二十四節気の中から挙げる印——です。立春、啓蟄、清明、立夏、芒種、小暑、立秋、白露、寒露、立冬、大雪、小寒。月の支は月ではなく太陽に従うので、旧暦の閏月にここでの特別扱いは要りません。
流派が実際に分かれるのは日の列です。古典的な子平の実践では、子の刻が開く23:00に新しい日が始まります。もう一つの慣習——多くの現代の命式ソフトと、このサイトが採るもの——は、23:00から24:00までを当日に残し、00:00で切り替えます。両者はちょうど一日だけ違い、しかもその一時間に生まれた人にしか影響しません。だから読みが一日ずれていると感じたとき、まず確認するのはここです。
四つをどう重ねて読むのか
四つの列は、一つずつ読んでから足し合わせるのではありません。階層として読みます。その階層には名前があります。日を主体とし、月を全体の骨組みとせよ、という古典の言い方です。
実際には三つの段階になります。まず日干が主体を与えます。一本の干、一つの五行、一つの陰陽です。次に月の支が、その主体がどの季節に生まれたかを与え、そこでの気が強いか弱いかを決めます。残りの字に名が付くのはそのあとです。通変星(つうへんせい)は支の上に固定されて座っている札ではなく、日干との関係だからです。
残る二列は、読みが寄りかかる位置を担います。年の列は最も古い層で、三列だけの古い方法が主体とみなした列でもあります。時刻の列は最後に定まり、人生の弧の最後に座ります。それぞれの支は特定の人を指すこともあります。日の支は伴侶を、時刻の支は子どもを指す——これは体系の約束事であって、誰かの家族についての発見ではありません。
四柱が語らないものは何か
四つの列は構造であり、構造は予測ではありません。八つの字のどこにも、何かが起きる年は書かれていません。それは大運(だいうん)と、その上に重ねる年運の干支から来るもので、別の計算であり、別の前提を持っています。そして四柱はより大きな集まりの一員です。中国占星術が扱う範囲。
生年月日では埋められない穴もあります。時刻が分からなければ、一つの列がまるごと欠けます。時刻なしで何が残るかはこちらの記事で扱っています。出生時刻が境目の近くにあれば、数分で時刻の支が動きます。そして真太陽時の補正は、生まれた土地が標準子午線からどれだけ離れているかにかかっています。このサイトは命式を立てる前に経度の補正を当てるので、東や西に離れて生まれた人ほど、時計の時刻からのずれが大きくなります。
また命式は、同じ場所の同じ瞬間に生まれた二人を区別しません。双子は四柱を共有します。この体系がほかに何を描写していようと、人生の全部ではありません。
自分の四柱を読む
必要なのは、完全な生年月日、時刻までの出生時刻、そして生まれた場所です。それがあれば、命式のツールが四つの列、日干、通変星を一度に並べます。動物とその五行だけでよいなら、十二支の計算機が軽い版です。
名前について一つだけ。ここで実際に時間を損する人がいます。英語ではこの四つの位置を pillars、columns、the four pillars of destiny と呼びますが、三つとも四柱を指します。語が違うのは語彙が違うということで、体系が違うのではありません。
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